幼なじみの夫とは、ずっとセックスレス。結婚4年目、「友人のような関係」に危機感を覚えて
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新生活が始まったばかりのころは、共働きで支え合う夫婦になれると信じていた私。ところが入籍直後、やさしかったはずの夫は突然別人のように豹変しました。今思えば、これが彼の「本性」だったのだと思います。新婚早々で胸は痛かったものの、このことで離婚を考え始めることとなったのですが、簡単に離婚はしないと、私はある決意を胸に静かに動き始めたのです。
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入籍して最初の平日、私は有給を取って役所での手続きなど済ませました。慣れないことで、帰宅するころにはぐったりでしたが、夫のために夕食を作り、部屋も整えて帰宅を待っていました。
ところが、その日帰宅した夫は……。食卓を見るなり不機嫌になり、「料理の品数が少ない」「手を抜いている」と口にしたのです。
結婚前に私が料理を作ったときは、いつも素直に喜んでくれていました。これまで「手を抜いている」などと言われたことはなく、私は一瞬、何が起こったのかわからなくなって……。
とっさに、「共働きだし、家事はお互い無理のない範囲でやっていこうと話したよね」と伝えても、夫は「そんなこと言ったかな?」とひと言。「妻としての努力が足りない」と一方的に責められてしまいました。
結婚早々、私は夫に対して「こんな人だったっけ?」とショックを受けることとなったのです。
その後、夫の態度はさらに厳しくなっていきました。
私の作る食事はもちろん、部屋の状態にまで細かく口を出し、少しでも気に入らない点があると容赦なく不満をぶつけてくるように。要求の内容も一貫しておらず、好物を多めに作れば「栄養が偏る」と責められ、野菜を増やせば「食べ応えのあるものを入れろ」などと言われる始末でした。
何をしても正解にならず、私はどんどん追い込まれていきました。
さらに困ったのは、お金の面でした。夫は家計への負担を減らすどころか、自分の趣味や付き合いを優先するようになり、生活費の分担も曖昧に。私は自分の収入でやりくりしながら、家事の大半も担う日々を続けていました。
話し合おうとしても、夫は「お前のためを思って言っている」と言い、対等な会話になりません。私は次第に、「この人は夫婦として暮らしたいのではなく、自分の思い通りに動く相手がほしいだけなのではないか」と感じるようになりました。
そして、新婚と呼ばれる時期ではあったものの、「離婚」という言葉が、私の中で現実味を帯び始めたのです。「このまま家を出てしまおう」と何度も思いました。
ただ、いろいろと考えるうちに「このまま感情的に家を出ても、夫に反省をさせることはできないだろう」と感じました。そして、離婚するにしても、夫に一矢を報いたいと思ったのです。
それから私は、夫に対しては無理に反発せず、最低限の会話だけを保ちながら、夫にとっての「いい妻」を演じ続けました。食事には文句をつけられないようにし、部屋も以前以上に整え、夫が求めることには淡々と応えるようにしました。もちろん本心では納得していたわけではありません。
すると、しばらくして夫の態度は目に見えて変わりました。以前のように細かく文句を言うことが減り、「最近はちゃんとできるようになったな」「理想の妻になったよ」と、上から目線で満足気に口にするようになったのです。
私はこのときを待っていました。そして……。
「認めてくれてありがとう。あなたが「理想の妻」と認めてくれるくらいになったということは、もう私はあなたがいなくても大丈夫だね」
「離婚してください」
と、夫に言ったのです。
私は、夫が求める「理想の妻」にあえてとことんなりきって、夫が完全に満足したタイミングで離婚を突きつけ、後悔させたかったのです。
案の定、私が離婚を告げるとは思っていなかったのであろう夫はうろたえ始めました。「急に何を言い出すんだ」「いつもありがとうな、本当に助かっているよ」などと急に下手に出てきたので、夫としてもこれまでの言動に問題があった自覚は多少なりともあったのだと思います。
けれど、今さらそんな言葉をかけられても、私の気持ちは戻りません。私は冷静に「あなたが求める理想の妻にはなれたんでしょう? それなら、もう私は十分です」と伝えました。さらに、「私は最初から、あなたの指示どおりに生きるために結婚したわけじゃない。支え合うつもりでいたのに、あなたは私を自分の思い通りに動く相手としてしか見ていなかった」と話しました。
すると夫は、返す言葉を失ったようで、何も言わなくなってしまいました。その後、私は実家に戻り、離婚について淡々と進めました。何かごねられるかなと思ったものの、無事離婚。
離婚してしばらく経った今、私は以前よりずっと穏やかな気持ちで暮らせています。誰かの顔色をうかがって家事をするのではなく、自分のために生活を整える毎日は、とても気楽で心地よいものです。あのとき我慢を続けるのではなく、自分の人生を取り戻す決断をして本当によかった。今はそう思っています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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