「私の人生どうなるの?」夢をあきらめ、育児も放棄のパートナーと…

「私の人生どうなるの?」夢をあきらめ、育児も放棄のパートナーと…

私は仕事人間でした。仕事中心の人生を送るつもりで、結婚はしても子どもを産むつもりはありませんでした。でも、あることをきっかけに、私の人生設計は180度変わったのです。

仕事で渡米する予定が、まさかの妊娠!

30歳のとき、仕事で米国に派遣されることに! これは私にとって、念願の辞令でした。

ただ、これまでずっと仕事中心の生活で、激務で心身はボロボロ。ストレスで生理不順になって、ピルを服用していた時期もあったほどです。それでも、米国で仕事をすることを唯一の希望に、日々を過ごしていました。

ビザもエアチケットも取得し、数カ月後には渡米という段階になって、予想外の出来事が起こりました。それは……まさかの妊娠!

最初は誰にも相談できず、米国での出産や医療費、保険のことを調べまくりました。調べれば調べるほど不安は増すばかりでしたが、それでも渡米して、未婚のまま米国で出産しようと決意。意を決して職場に相談したのですが……。「何かあっては困るから」と、私の米国派遣は取り消しになってしまいました。

数年かけて準備してきた心の支えを失い、ショックを受けた私は休職。そのまま、出産となりました。

米国での目標が潰えて嘆く日々

子どもを産んでからもしばらくは、米国で働くという目標が果たせなかったことが頭から離れず、泣いてばかりの毎日でした。

さらに、パートナーは子育てをまったくしてくれず、家も留守にしがち。これまで家事を完璧にこなしていた人だったので、「きっと子どもが生まれても子育てをサラッとこなすんだろうな」と思っていた私は、現実とのギャップがとてもショックでした。そんなつらさもあって、「人生はどん底」と思いつめたこともあります。

今振り返れば、当時は産後うつだったのかもしれません。

仕事より大切な子どもの存在に気づく

徐々に心を取り戻していった私はあることに気づきました。こんな私のもとに生まれてきてくれた子どもは、無垢でかわいく、仕事で失ったものとは比較にならないほど、かけがえのない存在だということです。

それに気づいた私は、子どものために人生をやり直そうと、渡米のために準備していた大量の資料をすべて破棄。「たとえひとりでも育児を頑張る」と決心をしました。

パートナーとはその後、正式に結婚しましたが、約1年は子どもをあやすこともなく、私は孤独な子育てを余儀なくされました。何度くじけそうになったかわかりませんが、「ひとりでも頑張る」その決心を胸に、日々を過ごしました。

パートナーも、今はようやく子どもをかわいがるようになりましたが、夫への愛情はすっかり冷めました。「これが産後クライシスなのか……」と悲しくなったこともありましたが、逆に子どもへの愛情は増すばかりです。

まとめ

予測しなかった出産、そして夢をあきらめることにもなりましたが、子どもを授かれて本当によかったと心から思います。この歳になっても子どもを通して成長でき、新たな学びの連続。忍耐強く、精神的にも強くなりました。

そして、夫が子どもを笑わせている姿を見ていると、この上なく幸せを感じるのです。人生の幸不幸は予測できないもの。まさに「人間万事塞翁が馬(じんかんばんじさいおうがうま)」ですね。

文/知花かなしさん

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