「いつまで夫の世話を」息子の独立で夫婦関係に亀裂。頭をよぎる熟年離婚、その行方は…
子どもが独立し、夫婦2人での生活となった私。少しはゆっくりできると思っていたのですが、夫に対する不満が次々と出てきてしまい……。 目次 1. 家事 …
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私は25歳のとき、12歳年上の看護師の彼と結婚。ひと回り年上の彼が大人に見えた私は、「この人と結婚したら幸せになれるはず!」と思い込んでいました。しかも、まわりは結婚ラッシュ真っ盛り。焦った私は、強引に結婚までこぎつけたのです。それが地獄の始まりとは知らずに……。
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私は25歳のとき、12歳年上の看護師の彼がいました。彼は付き合った当初から自意識過剰で、少し頼りない性格。私もまだ子どもだったこともあり、そんな彼にしょっちゅうイライラしていて、喧嘩が絶えませんでした。
育ってきた環境も、私は両親と妹、彼は母ひとり子ひとり。そのせいか、双方の家族みんなで仲良くしたい私に対し、彼はマザコンで「自分の親だけを大切にしたい、彼女の親とはできれば関わりたくない」と、家族の付き合い方に対する考え方も違いました。
でも、当時の私はひと回り上の彼が大人に見え、また、仕事が看護師というだけで「きっと職業柄、やさしく、大人の男性。好きであれば育った環境なんて関係ない! だからこの人と結婚したら幸せになれるはず!」と思い込んでいたのです。
しかもまわりは結婚ラッシュで、その雰囲気に煽られて結婚を焦ってしまった私は、彼の年齢などいろいろな理由をつけて無理やりプロポーズをさせ、なんとか結婚することにこぎつけました。
ところが、入籍当日に事件が!
2人で朝一番に役所へ行ったのですが、着いた途端、彼が婚姻届の提出をためらいだして、車から降りようとしないのです! 結婚式や新婚旅行の日取りも決まっていたし、職場や友人にも報告済み。私にとっては苗字が変わることも大きな決断です。思わず「ここで結婚をやめたら恥をかくのは私じゃない! 私は苗字も変わるし大きな覚悟を決めてこの日を迎えたんだよ!」と、大号泣で訴えました。
結局、婚姻届を提出できたのは、役所が閉まる10分前。こうして彼と私は法律上、夫婦となったのです。
今思えば、彼が結婚に対して怖くなり、覚悟が決まらなくなったのなら、ここで結婚をやめておけばよかったです。でも、このときの私は、世間の目を気にするあまり、自分を見失っていました。
その日の夜、入籍の報告を兼ねて彼のお母さんに連絡しました。そこで日中あったことを伝えたのです。私は「同じ女性の義母なら、私の気持ちをわかってくれるはず」と思っていたのですが、義母から返ってきた言葉は、
「私は、あなたと息子の結婚には反対だったの。息子からは喧嘩が多いことも聞いていたし、今まで付き合ってきた彼女とはとても楽しそうに過ごしていたのに、あなたと付き合っているときはひとつも楽しそうじゃなかったわ」。
なんと、息子の行動に怒りも謝りもせず、元カノと比べたうえに彼を擁護したのです。私は「息子が息子なら、母も母!」と思い、ここでようやく、とんでもない決断をしたことに気づきました……。でも、入籍したばかりですぐに別れることもできず、「結婚したのなら」と私なりに覚悟を決めて、結婚生活を頑張ることにしました。
結婚したからには子どもが欲しいと思っていた私。実はもともと子宮に問題を抱えていたので、結婚前から婦人科に通い、結婚してからはすぐに不妊治療をスタートさせる予定でいました。ですが、入籍日の騒動が尾を引いたのか、彼が夫婦の営みをできなくなり、いきなりセックスレスに。どうしても子どもが欲しかった私は、恥ずかしさを押し殺して自分から誘ってみたり、セクシーな下着をつけてみたりしたのですが、すればするほど夫に拒まれ、心がズタズタに……。
不妊治療で病院に行くたび「いつから治療をスタートしますか?」「ご主人はいつごろこられますか?」と聞かれることも、当時の私には大きな負担でした。不妊治療だけでもつらいのに、毎回、病院で聞かれては彼に当たり、喧嘩になり、彼が病み、また彼に当たって喧嘩になり、彼が病む……という負のスパイラル。ますます夫婦生活は悪循環に陥りました。
また、まわりの人が妊娠したという話を聞くと、最初のうちは「うらやましいな」と思えていたのに、それさえ思えなくなるほど、私の心も崩壊。そんな結婚生活が1年半ほど過ぎたころ、ふと思ったのです。「このまま子どももできず、彼と一生2人で生きていけるの?」と。
「私はまだ20代。持病はあるけれど子どもが絶対に産めないと診断されたわけじゃない。このまま苦しい思いをしながら子どももあきらめ、一生を過ごすことはできない!」と考えた結果、27歳で離婚を決意しました。
その後、入社当時から大変お世話になっていた職場の先輩も離婚したことを知りました。離婚した者同士、励まし合うことが目的で食事に行ったことがきっかけで、彼から猛アタックを受け、 付き合うように。そしてその半年後、なんと彼からプロポーズ! しかし、前回の結婚生活でのことがトラウマになっていた私は、セックスレスや不妊治療のことを彼に告白しました。彼はそれでも私を受け入れてくれると言ってくれたので、29歳のときに再婚しました。
今の夫は、最初から考え方や話がとても合います。家族構成も、両親がいて弟がいてと、育ってきた環境も似ていました。だからなのか、夫とは喧嘩もせず穏やかに過ごすことができています。なにより不妊治療にも積極的に協力してくれたおかげで、無事に子どもが生まれ、とても幸せな日々を過ごしています!
2度の結婚を経て学んだことが2つあります。
ひとつは「好きな気持ちだけでは結婚は難しく、育ってきた環境や価値観が似ていることも大事」ということ。恋愛は2人だけで楽しめますが、結婚はお互いの家族とも付き合いが必要です。前夫とは結婚に対する考え方が異なったからか、夫婦の間だけでなく、彼と私の両親、私と義母の関係もうまくいかず、両家の関係が悪化していきました。だからこそ、環境や価値観が似ていることは、お互いを理解し、家族全体の関係を良好にするためにも重要なことだと思ったのです。
もうひとつは、「パートナーとの営みがあることが当たり前と思ってはいけない」ということ。前夫とセックスレスになったとき、子どももできず、女性としての自信もなくしてつらい思いをしました。私にとって、パートナーとの営みは、日々お互いを思いやり、今ある幸せに感謝するために必要なコミュニケーションだったのだと痛感したのです。
あのとき焦って結婚してしまったことは後悔していますが、おかげで大事なことに気づくことができました。その経験を教訓に、今の結婚生活を大切にしていきたいです。
文:竹松 史紗/女性・主婦
イラスト:アゲちゃん
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています
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